足立ちぬ
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昔、聖徳太子が、東国をまわっていたときのことです。
太子の一行は、甲斐国(山梨県)から武蔵国に入り、後に「大空の月も草から出て草に入る」という言葉ができたほどの、広々とした武蔵野の原野にさしかかりました。一行は、一路筑波山を目指していたのです。
ところが、生い茂る草を踏み分けながら、現在の入間郡から北足立郡に入った時のことです。
富士の高嶺も元気に上り下りした太子の乗馬が、ふと拳のような小さな石につまずいて転んでしまったのです。
太子は、身を躍らせて飛び下りたのでけがもされませんでしたが、太子の愛馬は倒れたままで全身から脂汗を流し、口からは泡を吹き、さらに四肢を引きつらせてしまい、苦悶する様子は見るに堪えないほどでした。
従者達は薬を与え、小川から水を汲んできて一生けんめい手当てをしたのですが、馬の容態はますます悪くなるばかりで、目を引きつらせ、ついに危篤に陥ってしまったのです。
太子は、これ以上はもう人力の及ぶところではないと思い、草を折り敷いてそこに座り、はるかに大和国(奈良県)の都の空に向かって目を閉じ、丹精を凝らして念持仏の赤栴檀(せんだん)の聖観音に祈り、観音経三巻を読み、さらに「南無観世音菩薩」と数十遍繰り返しながら病馬の頭をなでていました。
すると、何とあれほど瀕死の容態であった病馬は、しばらく両目を閉じて安らかに眠ったと思うと、急にすっくと立ち上がり、都の方に首を向けて三度勢いよくいなないたのです。
太子はこれをみて、喜びのあまり声高く「足立ちぬー足立ちぬ」と叫びました。
それ以来、この土地の人々はこの地方を、「足立の郷」と呼ぶようになったということです。
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